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Cover Story 中谷美紀×堤幸彦Cover Story 中谷美紀×堤幸彦
「この作品から“人生を幸や不幸で計らない”とか“ささやかな幸せって大切だ”ってことを学びました」― 中谷美紀

「耐えている必然性がある話だし、また“幸せ”のポジションづけをしてあげる話でもあります」― 堤幸彦


どこかで抗っていた堤監督への無言の戦い

中谷美紀

 押しも押されもしない日本を代表する女優として、常にスクリーンで存在感を示している中谷美紀さん。今秋公開される新作『自虐の詩』ではノーメイク、鼻には大きなホクロを付けて不幸続きの女性をコミカルに、シニカルに演じた。監督は中谷さんと『ケイゾク』でもコンビを組んだ堤幸彦監督。
「堤監督は『ケイゾク』の頃と比べると、演技を捉える視点が変わられた気がします。どちらかというと撮影と編集で作品を作っていく方だと思うのですが、余韻や情感を大切にされるようになったと、おこがましくも思いました」

  7年ぶりとなった堤監督に対して、中谷さんはそんな印象を持ったと話す。監督と女優の間には絶対的な信頼関係があるが、一方では悔しい思いもしたという。
「監督は、西田敏行さんのシーンだけカット割りをほとんどなさらず、丸ごと撮られていました。お芝居の間合いとか空気を大事に捉えられているんだなと思いました。でも技量不足の私のシーンではそうは参りませんね…」

  しかし、中谷さんは幸江という主人公の女性を演じるにあたり、数々の名作を生み出した監督に対抗心を燃やすことで、エネルギーにしたようだ。
「堤監督の作品は色が濃いので、どうしたって勝てないのですが、だからといって簡単に負けなくはないんです。幸江の女性らしさというのを、男性が一方的に抱く貧しさとか女性像にしたくなかった。それがいいかどうか分かりませんが、実はどこかで抗っていました。偉大な監督に対して僭越ですが、無言の戦いでした」

  今作『自虐の詩』は女優・中谷美紀さんにとって、精神的な辛さを越えた肉体的辛さを感じた作品になったという。朝5時から遊園地での撮影や移動の多さなど、撮影はハードを極めた。24時間起きていたことも1度や2度ではない。それでも見事に幸江を演じきった裏には、昨年多くの賞を得たあの作品があった。本来「実は薄情なんです」と、作品を撮り終えると気持ちを切り替え、演じた役に未練を持たないという中谷さんだが、今回は違った。
「少なからず『嫌われ松子の一生』を超えたいという思いがあり、どこか敗者復活戦に挑むような気持ちを持っていました」

  ところが撮影がはじまると、そんなことはどうでもよくなったのだそうだ。むしろ夢中で演じることで新たなものを得ることができたという。
「この作品から“人生を幸や不幸で計らない”とか“ささやかな幸せって大切だ”ってことを学びましたから」

幸江のように受け止められたら違った人生があったかも

 ノーメイクに鼻ぼくろ、子どもの頃から苦労続きで極貧の中で育った幸江。定職にも就かず、気に入らないことがあるとすぐにちゃぶ台をひっくり返す元ヤクザのダメ夫・イサオに尽くす幸江を、中谷さんは健気にコミカルに演じている。
「幸江は私にないものをたくさん持った女性です。イサオのような男性を受け止める柔らかさやキャパシティを備えた人だと思いました。私だったら、あんなにちゃぶ台をひっくり返されたら出て行くと思いますけれど(笑)」

  映画の中で中谷さんも1度だけ、ちゃぶ台をひっくり返した。「気持ちよかったです。片付けなくていいのなら、何度でも返したいですね」と笑う。
「尽くすことって、相手の役に立てることが自分の喜びであり幸せである。その精神って素敵だなと思います。でも尽くすことが、ただの自己満足で終わってはいけないとも思う。必要以上に介入したり、相手が望んでいないことまで先回りしてやってしまうことが、本当にいいのかどうか…。幸江のようなキャパシティが自分にもあったら、もっと違う人生を歩めたのではないかと思いました。求めたり期待するよりも、いま目の前にあるものを受け止めて、感謝して生きることができたら、とても素敵だと思います。私自身にはエゴもありますし、欲望もありますから、なかなかそういう風にはなれませんが」

  あくまでも控えめに、それでも稟として話す中谷さんから、幸江への深い愛情が感じられた。では、中谷さんから見たイサオという特異なキャラクターの男はどのような男なのか。
「見た目は意外とチャーミングでしたね。パンチパーマも悪くないんじゃないって思えたんです(笑)。実際、イサオさんとお付き合いするとなると…どうなんでしょう。やはり、生活費ぐらいは払って欲しいな」

本当の愛とは相手を認めること

堤幸彦

 「あらゆるサービスをしてでも、中谷さんにだけは嫌われたくないと思い、一生懸命やりました(笑)」

  堤幸彦監督は中谷美紀さんに対して最大の敬意を払った。
「編集後、一緒に作品を観たのですが、中谷さんから『名作をいただきました』と言われたときは、うれしくもあり、緊張もしました」
『ケイゾク』以来7年ぶりに中谷美紀さんと組んだ『自虐の詩』の撮影を振り返り、堤監督は中谷さんの印象を話す。
「昔からすごく真面目で優秀な方でしたが、相当グレードアップしたって感じましたね。いろいろな経験を積まれて、すごくいい女優になったなと。フットワークの軽さ、時代的な嗅覚や感覚の優れた方です」

  中谷さんが演じた“幸江”という女性は、監督の目にはどのように映っていたのだろう。
「う〜ん…好きな面もありますが、ジトッと耐えているのはかわいそうだなと思います。でも耐えている必然性がある話だし、なぜそうなっているのかということを解き明かしていく話でもある。また“幸せ”のポジションづけをしてあげる話でもあります。自分が幸江と付き合うとしたら『言いたいこと言えば』と伝えますね(笑)」

  幸江とはある意味対極のキャラクターであるイサオに対して、堤監督の感じるいちばんの魅力はどこだろう。
「“黙っていること”。そこに秘められた何かが、昆布のダシのようにジワジワと出てくることが、この作品におけるイサオのいちばんの魅力だと思う」

  語らないイサオは、態度で気持ちを表す。「その表現方法には問題が多いね」と堤監督は笑った。しかし「幸江とイサオが深い愛で結ばれている」ことは確かで、堤監督はその点を丁寧に描いた。そしてテーマとなっている“本当の愛”、“究極の愛”。堤監督自身が思う“本当の愛”とは、どのようなものなのか。
「自分の感情は置いておき、どんな相手であれ、まず認めるということ。これは、なかなかできない。相手を認めていれば、戦争やケンカは起きないと思うんです。相手を認めないと、人間社会っていうのはどんどんダメになっていくわけで。この作品は、いろんなことを経由して、静かに相手を認めるっていうことを描いています。決して、甲斐甲斐しく無私の愛を続けていることがいいかというとそうではない。どんな不幸な環境でもニコニコしていられるのは、やっぱり経緯や経験の果て。今回カルーセル麻紀さんは、ご自身が若い頃のストリップをやっていた写真を出してくれました。写真をバックにご本人が出演、虚実を織り交ぜて『いろいろあったんだろうなぁ』と想像させられます」

かなりこだわったちゃぶ台返し

 派手にちゃぶ台をひっくり返すシーン。イサオだけでなく幸江も見事にひっくり返している。このシーンには監督自身相当こだわったという。
「最初はCGにしようと思ったのですが、CGでは液体が棒状になったりするダイナミズムがうまく撮れない。全部実際に撮りました。特にこだわったメニューは寿司です(笑)。食事を無駄にするということにはすごく抵抗がありましたが、彼らの人生を表現できていると思うので、なくてはならないシーンでした」

  飛び散り方は狙いを定め、勢いよく返す。「ちゃぶ台ひっくり返し選手権があったら、間違いなく阿部さんが優勝だね」と堤監督は笑う。また、中谷さんは寿司が飛び散った瞬間、迷わずトロを追ったそうだ。

もっとも自虐的なのは幸江? イサオ?

 原作は4コマ漫画だが、腹を抱えて笑うコメディではなく、マニアックな笑いがちりばめられ、ラブストーリーを包んでいる。堤監督にとって日常の中での“笑い”は重要なスパイスでもある。
「(笑いは)非常に重要な潤滑剤だと思いますが、僕の場合、やり過ぎなところがありまして(笑)。笑ってはいけないところで笑うというのが、最高におもしろいと思う。非常識の極みですが、葬式で笑うっていうのが僕はいちばん好きなんです」

  自虐的な人物たちがマニアックでシニカルな笑いを誘い、本当の愛とはを観るものに問う『自虐の詩』。いちばん自虐的な人物は誰だったのだろう。
「う〜ん…やっぱり幸江かなぁ…。でも、キャスト全員が自虐的かも」

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写真=中野敬久(中谷美紀)・海保竜平(堤幸彦) スタイリング=市井まゆ(中谷美紀)
ヘアメイク=石川美樹(中谷美紀) 衣装協力=コントワー・デ・コトニエ(中谷美紀)
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